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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)2111号 判決

原告 報国土地株式会社

被告 国

訴訟代理人 吉川正夫 外一名

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「(一)被告は、原告に対し、別紙第一目録記載の土地を金七十五万二千七百六十一円で、別紙第二目録記載の竹木を金二百十一万四千八百九円で、それぞれ売渡をせよ。(二)被告は、原告に対し金七十五万二千七百六十一円の支払を受けるのと引換に別紙第一目録記載の土地の所有権移転登記手続をせよ。(三)被告は、原告に対し、金二百十一万四千八百九円の支払を受けるのと引換に別紙第二目録記載の竹木の引渡をせよ。(四)訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として

一、別紙第一目録記載の土地(以下本件土地と略称する)及び右土地上に生立する別紙第二目録記載の竹木(以下本件竹木と略称する)は、もと原告の所有であつたが、被告は、旧自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第三十条により、本件土地を買収期日昭和二十四年十月二日、対価金七十五万二千七百六十一円二十一銭で、本件竹木を買収期日昭和二十七年十一月一日、対価金二百十一万四千八百八円六十六銭でそれぞれ原告から買収した。この結果、右土地及び竹木は、いずれも自創法第四十六条及び農地法第七十八条により農林大臣の管理するところとなつた。

二、しかしながら、本件土地及び竹木については、その後農林大臣がなした左記一連の措置からして、農林大臣において、農地法第八十条第一項に規定する「自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当」とする旨の認定をしたものである。すなわち、農林大臣は、(1) 本件土地及び竹木について、農地法第六十二条第一項に規定する売渡に関する土地配分計画を定めないのみならず、これをその買収の目的たる自作農の創設または土地の農業上の利用の増進のために供することなく、(2) また、昭和二十六年一月、本件土地を、その全地域にわたつて警察予備隊(現在の自衛隊)に演習場として使用させ、(3) さらに昭和二十七年十二月十二日、本件土地のうち、その大部分を占める五百二十二町一反六畝二十五歩六勺(別紙図面表示部分)を日本駐留米軍に砲弾試射場として使用させ、右米軍が半永久的施設をなすことを承認し、かつ被告もこれに関し、多額の支出をした。

三、しかして、農林大臣が右認定をした場合、右認定にかかる土地等について、その旧所有者は、農地法第八十条第二項の規定により、国から買収の対価に相当する額をもつて、その売払を受ける権利を取得するものと解すべきであるから、原告は、昭和二十七年十二月十二日、本件土地については、その買収の対価に相当する金七十五万二千七百六十一円二十一銭、本件竹木については、その買収の対価に相当する金二百十一万四千八百八円六十六銭をもつて被告から売払を受ける権利を取得したものである。

四、よつて、原告は被告に対し、右権利に基き、本件土地及び竹木について、それぞれ右各価格をもつて売り払うことを求め、かつ本件土地については右各価格の支払を受けるのと引換にその所有権移転登記をし、本件竹木については右価格の支払を受けるのと引換にその引渡をすることを求めるため本訴に及んだと述べ、

一、被告の本案前の抗弁に対し、

原告は、本訴をもつて被告に対し、土地及び竹木の売払という私法上の意思表示を求めているのであつて、行政処分を求めているものではない。すなわち、行政処分とは国家その他行政主体が私人に対し、行政権に基いてなす公法上の意思表示であつて、国家その他行政主体と私人とは不対等の関係に立つのに反し、国家が私人に対し意思表示をする場合であつても、国家と私人とが対等の関係に立つ場合には、私法上の意思表示がなされるに過ぎない。ところで、農林大臣が農地法第八十条第一項の認定をした土地等は、農地法の適用を免れ、国有財産法上普通財産となる。しかして、普通財産は、行政財産と異り、専ら経済的価値において、国の資産を構成する財産であり、いわば国の私産に属すべきものであるから、その管理処分行為の性質は、特別の規定がない限り、対外的には原則として私法上の法律行為に基くを原則とするものと解すべきであるところ、農地法第八十条第二項に規定する土地等の売払が行政処分であるとの規定は存しないから、これは私法上の法律行為であると解すべきである。その上、右売払に当つて、国は買受人の意思を無視して強制的にこれをなすものではなく、買受人は、国と対等の立場に立つてその売払を受けるものであり、明らかに私法行為に属する。

以上の次第であるから、原告は、被告が原告に対して負担する私法上の義務である売払義務の履行を求めるものであつて、何等行政処分を求めるものではない。したがつて、被告のこの点の主張は失当である。

二、被告の本案についての主張に対し、

(一)  主張二の(一)については、

元来、農地法第八十条第一項の規定により農林大臣がなす認定は、買収土地等の売払の前提としてなされる単なる国の内部的意思決定に過ぎず、何等の表示行為を要しないものであつて行政処分ではないのであるから、右意思表示は、何等の様式を必要とせず、事実上存在すれば足りるのである。なお、被告は、農地法施行令第十六条、第十七条をもつて、右認定が行政処分であるとの根拠とするものの如くであるが同令第十六条は農林大臣が右認定をすることについての制限規定であり、同令第十七条は農林大臣が土地等の売払をすることについての手続規定に過ぎず、これらをもつて、右認定が行政処分であるとの根拠とすることができない。したがつて原告が請求原因二において主張する事実の存在をもつて、右認定がなされたとするのに十分である。

(二)  主張二の(二)については、

自創法及び農地法の目的は、農地はその耕作者みずからが所有することを最も適当であると認めて、耕作者の農地取得を促進し、その権利を保護し、その他土地の農業上の利用関係の増進を図るにある。それで国が買収した土地等は、右法律の目的に従い処理されなければならず、したがつて、農林大臣が農地法施行令第十五条、同法施行規則第四十六条により、これを他に貸し付ける場合にも、右目的を逸脱することは許さるべきではない。特に未墾地について、右規定による貸付を行うのは、農地法第六十八条の一時使用の制度があることからみて、同法第六十二条による土地配分計画の作成前(したがつて売渡予約書の交付前)に未墾地の利用を認める必要のある場合であり、これは結局徒らに土地を放置することを避止する趣旨に出たものである。そして、右貸付は、同法第六十二条の場合と異なり、売渡予約書の交付を要しないからといつて、何人に対し、また、いかなる目的のためにも認められて良いのではなく、土地配分計画作成後に売払の相手方と予想される者に限定してなすべきである。

さらに、被告は、農林大臣が農地法施行規則第四十六条により、本件土地を名古屋調達局長に貸し付けた旨主張するが農林大臣も調達局長も、いずれも国の機関であるから、法律上、その間に土地等の貸借の行われる余地はない。なお、被告は、右貸借の不合理を説明するため、国有財産法第十五条を引用しているが、同条は国有財産を所属を異にする会計間において所管換もしくは所属替をし、または所属を異にする会計をして使用させるときは、当該会計間において有償として整理すべきことを規定した単なる会計上の処理規定に過ぎず、これをもつて国の機関の間において、法律上土地の貸借の成立する理由とはすることができない。本件土地の貸付の実情は、本件土地を日本駐留米軍に演習地として提供するため、農林大臣がこれを実質上総理大臣の所管に換え、総理府は、その外局である防衛庁の所属機関である調達庁にこれを所属させ、同庁がこれを右米軍に提供したものである。

以上のように、被告は、本件土地を右米軍に使用させる法律上の根拠がないのに拘らず、形式上は農地法に適合するような形式をとつてこれを右米軍に使用させたものであるから農林大臣は、明らかに本件土地について、農地法第八十条第一項に規定する認定をしたものと認めるのが相当である。

(三)  主張三については、

農地法第八十条第二項に規定する「農林大臣は、その買収前の所有者に売り払わなければならない。」との文言を素直に解釈し、かつ前記のとおり右売払が私法上の法律行為であることを考えると、本件土地及び竹木の旧所有者たる原告は被告に対し、積極的にその売払を請求できる権利を有するものと解すべきであつて、被告のこの点についての解釈は、原告に、何等の救済策を認めないこととなり、農地法第八十条第二項の規定が無意味になるのみならず、右解釈は憲法第二十九条にも違反するものというべきである。

と述べ、

立証として、甲第一ないし第五号証、同第六号証の一ないし二十三、同第七、第八号証、同第九号証の一、二、同第十号証の一ないし六、同第十一ないし第十三号証を提出し、甲第四号証は石川県の地図であると附陳し、証人西田儀一郎、同細川政輝、同久保田栄一の各証言及び原告代表者本人西田外喜雄尋問の結果竝に検証の結果を援用し、乙第一号証の一ないし二、同第七号証の成立を認め、乙第二号証、同第三、第四号証の各一ないし三、同第五、第六号証の成立は不知、乙第八号証の一ないし二十三については、各写真部分の成立を認めるが、各説明文部分の成立は不知と述べた。

被告指定代理人は、

本案前の抗弁として、「原告の訴を却下する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として、

原告の本訴は、行政処分の給付を求めるものであるから、不適法である。すなわち、本件土地及び竹木は、いずれも被告国が自創法に基き、自作農の創設及び土地の農業上の利用の増進を目的として公権力の作用により強制的に買収したものであつて、現在農地法第七十八条の規定により農林大臣が管理している国有財産であり、国有財産法上の普通財産に属する。しかして、右土地及び竹木は、右のように公共の目的のために国が強制的に取得したものである以上、その管理及び処分も右目的に沿つて行われる公共的性格を有する特殊な財産である。

ところで、農地法第八十条は、国が右のような目的で取得し管理している土地等について、農林大臣が其の後新たな事情の発生等により、これを自作農の創設または土地の農業上の利用の増進という目的に供しないことを相当と認定したときに、これを旧所有者またはそれ以外の私人に売り払うことができる旨を規定しているが、右売払行為は、右土地等が有していた公共的性質を排除し、これを買収前の状態に復せしめるという重要な結果をもたらすものであつて、農林大臣が国家的政策の見地に立つて公権力に基き、画一的、厳正かつ確実に行うものである。したがつて、右売払行為は、国が私人と対等の関係に立つてする私法的法律行為でなく、公権力に基く行政作用と解すべきであるから、これが旧所有者に対してなされる場合は、買収土地等を旧所有者に対し返還することを目的とする直接的な行政処分となり、旧所有者以外の者に対してなされる場合は、買収土地等が有していた公共的性質を排除し、これを右目的以外の用に供することを内容とする行政処分となるのである。

しかして、かかる行政処分をするかどうか、またいかなる要件の下にいかなる手続によりするかは、農地法の規定により専ら農林大臣が行うべきところであつて、裁判所は行政機関固有の領域に立ち入り、行政機関のなすべき行政作用と同一または類似の作用を行うことはできないと解すべきである。したがつて、原告の本訴請求は、本件土地及び竹木について、行政処分たる売払を裁判所に求めるものであるから、不適法として却下を免れない。

と述べ、

本案について、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、

一、原告主張の請求原因事実について、

一の事実は認める。

二の(1) 、(2) の各事実は否認する。

二の(3) の事実のうち、農林大臣が本件土地を日本駐留米軍に砲弾試射場として、別表第一記載の限度において使用することを許したことは認めるが、その余の点は否認する。

三の事実は否認する。

二、農地法第八十条第二項による旧所有者の買収土地等の優先買受権は、同条第一項による認定があつて初めて発生するものであるが、本件では右認定がなされていないから、原告の本訴請求は失当である。すなわち、

(一)  まず、農地法第八十条第一項に規定する農林大臣の認定行為は、前記のように国が自作農の創設または土地の農業上の利用の増進の目的で取得し管理していた買収土地等について、新たな事情の発生により、これらが、それまで有していた公共的性質を排除する重要な行政処分であるから、農地法施行令第十六条は、農林大臣が右認定をなすに際し準拠すべき事項を定め、更に同令第十七条は、旧所有者に対して右認定の通知をすることを規定している。しかるに、本件土地及び竹木については、農林大臣が同令第十六条により右認定をした事実はなく、したがつて同令第十七条に規定する通知をした事実もない。

(二)  また、国が本件土地の一部を日本駐留米軍に試射場として使用することを許した事実をもつて、右認定がなされた証左とすることはできない。何となれば、右土地について、名古屋調達局長が右米軍内灘試射場用地として使用する目的で、農林大臣に対し、貸付の申込をしたので、農林大臣は、昭和二十八年一月一日、農地法施行規則第四十六条の規定に基き、一時的に一年間これを貸し付け、その後一年毎に右貸付を更新し、昭和三十二年三月三十日まで継続した。なお、右貸付土地の区分、種目、数量、所在、使用量等の詳細は、別表第一記載のとおりである。したがつて、右貸付は一時的な貸付に過ぎず、農地法第八十条第一項の認定とは全く別個の行為である。

ところで、右貸付は、国の機関相互間の貸借行為であるが、国有財産法第十五条の規定により、国有財産を所属を異にする会計をして使用させるときは、当該会計間において、有償として処理することとなり、事務処理上国以外の者に対する貸付と同一に処理されるものである。

(三)  さらに、本件土地については、別表第二記載のとおり、被告国は開拓計画を樹立し、その買収目的である自作農の創設または土地の農業上の利用の増進を図つており、右開拓計画による工事は現在着々進行中であつて、遅くとも昭和三十六年度中にはその大半が完了する見込である上、右完了の後には農地法第六十二条に規定する土地配分計画も全部作成される予定であり農林大臣が農地法第八十条第一項に規定する認定をする理由は全く存しない。

三、仮に本件の場合、農林大臣が農地法第八十条第一項の認定をしたものと認められるとしても、原告の本訴請求は失当である。何となれば、同法第二項は、買収土地等の売払について、旧所有者を第一順位の売払の相手方とする旨を規定しているが、右は農林大臣の処分の権限を一定の範囲に制限したものに過ぎず農林大臣に対し、対外的に売払をなすべき積極的内容の義務を課したものではない。

また、右規定は、旧所有者の側からみると、優先買受権と解せられる。しかしながら、右優先買受権の性質は、一定の作為を請求する積極的内容を有する権利、すなわち農林大臣に対し、売払を求める権利ではなく、単に農林大臣が旧所有者を差し置いて第三者に売払をする場合にこれを阻止できるという消極的内容を有する権利に過ぎない。したがつて、原告が被告に対し本件土地及び竹木について積極的に売払を請求する権利を有することを前提とする原告の本訴請求は理由がない。

と述べ、

立証として、乙第一号証の一ないし三、同第二号証、同第三、第四号証の各一ないし三、同第五ないし第七号証、同第八号証の一ないし二十三を提出し、証人竹田徳太郎、同山本信雄、同中村小重、同下川謙文、同沼田耕作の各証言及び、検証の結果を援用し、甲第一ないし第三号証、同第七、第八、第十二、第十三号証の成立は認める。甲第四号証が原告のいうような地図であることを認めるがその余の甲号各証は不知と述べた。

理由

一、まず、被告は本案前の抗弁として、原告の本訴は行政処分の給付を求めるものであるから不適法である旨主張するので判断する。

(一)  本件土地及び竹木は、自創法第三十条により買収され、同法第四十六条第一項により農林大臣が管理し来たことは当事者間に争いがないので、農地法の施行に伴い、同法施行法第五条により農地法第四章第七十六条ないし第九十一条の適用については、国が同法第九条の規定により買収したものとみなされるに至つた。ところで、農地法第七十八条によれば、同法第九条により買収された土地等は、農林大臣が管理するものと定められているが、これは農地法が耕作者の地位の安定及び農業生産力の増進を図ることを目的とし、買収小作地が同法第三十六条により現に耕作する者で自作農として農業に精進する見込がある者に売り渡されるので、買収小作地である国有財産は、この点において、公共的性質を有しているために外ならない

しかしながら、農地法第八十条は、右のような目的で買収した土地についても、新たな事情が発生したため、自作農の創設及び土地の農業上の利用の増進という本来的目的に供することが相当でないと認めるときは、売払をすることができる旨規定している。そして、そのような事情の発生により、右土地については、農地買収の本来的目的としての公共的性質が消滅したときは農林大臣は農地法第八十条第一項によりその旨を認定してこれを買収の対価に相当する額で買収前の所有者に売り払われなければならないことになると解すべきである。

(二)  しかして、右のように農地法第八十条第一項の認定がなされた買収土地等は、国有財産法上普通財産となると解すべきところ、普通財産は、行政財産と異なり、専ら経済的価値において、国の資産を構成する財産であるから、その管理、処分行為は、原則として、対外的には私法上の法律行為に属するものであり、ただ国有財産たる特異性に鑑み、特別な制限規定(国有財産法第二十一条以下)が設けられているに止まる。それで農地法第八十条の売払は、普通財産に該当する土地等を処分しようとするものであり、その処分の相手方、処分の対象たる土地、売払の優先順位等について、その要件を法定しているのも一般普通財産の管理、処分に関する特別の制限規定とその趣旨において別異に解すべき根拠はなく、その他同法並びにその附属法令中にもこれをもつて行政処分と解すべき規定がない。従つて右売払行為は、国と買受人とが対等の立場に立つて双方の意思の合致により成立する私法上の契約により行われるべきことを前提としているものと解すべきである。

(三)  ところで、本件土地及び竹木について、農林大臣が農地法第八十条第一項の認定をしたかどうかはさておき、原告は、本訴をもつて、右認定がなされたことを前提として、被告に対し、これらの売払という私法上の義務の履行を求めているのであつて、行政処分を求めるものではないから、原告の本訴は、適法である。したがつて被告の右主張は理由がない。

二、よつて進んで本案について判断する。

本件土地及び竹木がもと原告の所有であつたところ、被告が自創法第三十条により、本件土地を買収期日を昭和二十四年十月二日とし、対価金七十五万二千七百六十一円二十一銭で、本件竹木を買収期日を昭和二十七年十一月一日とし、対価金二百十一万四千八百八円六十六銭で原告から買収したこと、この結果、本件土地及び竹木がいずれも自創法第四十六条及び農地法第七十八条により農林大臣の管理するところとなつたことは、当事者間に争いがない。

原告は、本件土地及び竹木について、農林大臣が農地法第八十条第一項に規定する自作農の創設または土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当とするとの認定をした旨主張するので考えるのに、右認定は、自作農の創設及び土地の農業上の利用の増進という公共的目的のために買収された土地等について、同条第一項所定の事由が発生した場合、豊林大臣が農地法施行令第十六条に定めるところに従い、農地法の目的と買収土地の経済的自然的条件とを比較検討して行うべき職責を有する行政処分であると解せられるところ、本件においては、農林大臣が右認定のため独立の行政処分をしたものではなく、また同令第十七条により原告にこれを通告したものでもないことは、原告の主張自体から明らかである。しかして、原告は、右認定が農林大臣がなした左記措置すなわち、(1) 本件土地及び竹木について土地配分計画を定めず、これを買収の目的に供していないこと、(2) 本件土地を警察予備隊に使用させたこと、(3) 本件土地の大部分を日本駐留米軍に試射場として使用させ、半永久的施設をなすことを承認し、かつ被告が多額の支出をしたことにより実現されている旨主張する。よつてこの点を順次検討する。

(一)  まず、右(1) の点については、本件土地及び竹木が買収の目的である自作農の創設及び土地の農業上の利用の増進の目的に供されていないことについて、これにそう証人西田儀一郎、同細川政輝の各証言部分、原告代表者本人西田外喜雄の供述部分は後記証拠に対比してたやすく信用できず、甲第六号証の一乃至二十三でも右事実が認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はなく、また本件土地及び竹木について土地配分計画が定められていないことを認めるに足りる証拠はない。かえつて、成立に争いのない乙第一号証の一ないし三、同第七号証、証人沼田耕作の証言により真正に成立したと認められる乙第三、第四号証の各一ないし三、証人竹田徳太郎の証言により真正に成立したと認められる乙第五号証、証人山本信雄の証言により真正に成立したと認められる乙第六号証、写真部分の成立に争いのない乙第八号証の一ないし二十三に、証人竹田徳太郎、同山田信雄、同中村小重、同下川謙文、同沼田耕作の各証言、竝に検証の結果を綜合すれば、本件土地のうち後記(三)記載のように日本駐留米軍試射場として使用されなかつた部分約四百七町八反については、農林大臣が既に開拓計画をたてた上、その開拓工事を昭和二十八年中に着手し、総経費約金二億四千二百万円をもつて昭和三十二年中に完成し、この結果、右土地には、その地域の内外を通ずる道路、防風林、潅漑施設(揚水施設、水路、撒水施設)が設けられて畑地化し、陸稲、大麦、小麦、蔬菜、花草、果実類の栽培が試みられ、さらにその土地配分計画が作成されたこと、また後記(三)記載のように右米軍試射場として使用された部分約四百二十五町五反については、農林大臣が既に開拓計画をたてた上、その開拓工事を昭和三十四年中に着手し、昭和三十六年中に完成する予定であり、総経費約金五千六百五十二万円が予定され、この結果、右土地の大部分にわたり、防風林工事として、防風林、竹垣、静砂垣が設けられ、今後さらに防風林工事、潅漑工事、道路工事がなされ、四、五年後には畑としての耕作も行われることが予想されており、既にその土地配分計画も作成されていることが認められるので、農林大臣が農地法第八十条第一項の認定をしたものとはいうことができない。したがつて、この点に関する原告の主張は理由がない。

(二)  また、右(2) の点については、原告代表者本人西田外喜雄の供述によれば、警察予備隊が昭和二十五年から昭和二十七年にかけ、本件土地を一週間に二ないし三回にわたり演習場として使用したことが認められるが、右使用の法律関係がいかなるものであつたかは明確でないばかりでなく右事実をもつて農林大臣が本件土地について農地法第八十条第一項の認定をしたと謂うことが出来ない。したがつて、この点に関する原告の主張もまた理由がない。

(三)  さらに右(3) の点については、本件土地を右米軍が昭和二十八年一月一日から昭和三十二年三月三十日までの間、別表第一記載の限度において使用したことは、被告の認めるところである。

しかして、右事実と成立に争いのない甲第十二、第十三号証、証人西田儀一郎、同細川政輝、同久保国栄一、同中村小重の各証言、原告代表者本人西田外喜雄の供述を綜合すれば、昭和二十七年、本件土他のうち別表第一記載の部分が「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定」(以下行政協定と略称する)第二条第一順により合同委員会の議を経て、日本国において、アメリカ合衆国に対して日本駐留米軍試射場として一時提供するものと協定されたこと、そこで被告が昭和二十八年一月一日、「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定の実施に伴う国有の財産の管理に関する法律」(以下国有の財産の管理に関する法律と略称する)第二条により、右米軍に対して右土地の使用を一時許すこととし、さらに同法第六条により、特別会計に属していた右土地は、一般会計に所管換もしくは所属替をし、または一般会計の使用として整理されることとなり、農林大臣と名古屋調達局長との間で右使用許可に関する措置がとられたこと、右米軍が右のように昭和二十八年一月一日から昭和三十二年三月三十日までの間、本件土地を使用し、被告が右使用のための施設費用として相当額を、また石川県その他関係町村等に右使用による損失補償(立毛補償、漁業納屋その他の除却補償、飛砂防備施設補償、開拓地借上料、漁業補償、一時使用見舞金等)として合計金二億七千六百八十三万九千十七円を支出したことが認められ、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

ところで、「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約」(以下安全保障条約と略称する)によると、日本国の平和と安全を確保するため、米国軍隊を日本国内及びその附近に配備する権利が米国に許与され、さらに行政協定によると、日本国は駐留軍に対し、安全保障条約第一条の目的遂行に必要な施設等の使用を許すことになつている。しかして、これらの趣旨を基礎とした右国有の財産の管理に関する法律により、国が本件土地を米国に一時使用することを許したのであるから、結局本件土地は、行政協定第二条にいわゆる「安全保障条約第一条に掲げる目的の遂行に必要な施設及び区域」であり、駐留軍の一時使用に供することが必要であるものというべきである。従つて農林大臣は、本件土地についての右使用許可を前提として、右使用に関する措置をとらなければならず、農林大臣のとつた前記認定の措置をもつて、農地法第八十条第一項の認定がなされたと謂うことはできず、また右使用に伴い、被告がなした右施設費用の支出及び損失補償をもつて右認定がなされたと認めることもできないというべきである。

三、してみれば、農林大臣が本件土地及び竹木について、農地法第八十条第一項の認定をしたものと認めるに足る証拠がないから、右認定が有効になされたことを前提とする原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がなく失当として棄却されるべきものである。

よつて訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 花渕精一 浜田正義 佐藤栄一)

第一目録

石川県河北郡内灘村字室チ一番

一、保安林 十八町七反歩

同所リ一番

一、保安林 五十三町一反九畝二十一歩

同郡同村字西荒屋ト一番

一、保安林 七十四町六反五畝一歩

同所リ一番

一、保安林 十四町四反一畝二十歩

同郡同村字宮坂五乙一番

一、保安林 十三町二反一畝十七歩

同所五ノ丙一番

一、保安林 四十四町一反七畝十七歩

同郡同村字黒津船地内四、一番

一、保安林 百十八町八反二畝二十八歩

同郡同村字大根布八、一番

一、保安林 百三十二町二反一畝五歩

同郡同村字向粟崎チ一番

一、保安林 二百四十六町四反二畝十歩

合計 七百十五町八反一畝二十九歩

(別紙図面赤線(太線)で囲む部分、但し赤斜線(斜線)部分を除く)

第二目録

石川県河北郡内灘村大字向粟崎字チ一番所在

一、松 百七十三石三斗二升七合

同所所在

一、アカシヤその他 五千六百三十七石一斗一升二合

同郡同村大字大根布字八、一番所在

一、松 十九石九斗九升

同所所在

一、アカシヤその他 三千九百五十七石一斗九升八合

同郡同村大字宮坂字五乙一番、同所字五丙一番所在

一、松 八十三石八升三合

同所所在

一、アカシヤその他 八十一石九斗七升二合

同郡同村大字黒津船字四、一番所在

一、アカシヤ 六百五十石三斗一升六合

同郡同村大字荒屋字ト一番、同所字リ一番所在

一、松 四十四石

同所所在

一、アカシヤ 四千四百十石七斗五升六合

同郡同村大字室字チ一番、同所字リ一番所在

一、松 四十二石九斗

同所所在

一、アカシヤ 二千百四十一石四斗六升

合計 一万七千二百四十二石一斗一升四合

別表第一、内灘試射場用地としての一時貸付の各期別一覧表〈省略〉

別表第二、内灘地区の開拓計画の内容一覧表〈省略〉

図〈省略〉

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